2006年5月2日

素芳の生い立ち

   

素芳は、昭和12年5月に、
掛川の青石というところで、生まれました。
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父 又男
母 まさ
の長女として生まれる。

中山家一門としては、
明治20年から、50年ぶりの女の子誕生。
大変喜ばれる。

父の兄、中山吉平は、29歳で校長。
32歳で村長。76歳で掛川市長。
82歳で生涯を閉じる。

次男は、亜細亜大学の教授。
三男は、掛川西高の校長(岡田嘉須男)。
四男が又男。

昭和14年2歳の頃、
長男の吉平に呼ばれて、
又男一家は、樺太に渡る。
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最初は、
名好(なよし)
というところに、
2年間ほど住み、
その後、
豊原(とよはら)
に転居する。

マイナス20度以上の寒さ、
官公庁は、10時出社、2時退社。
夏は、午前2時くらいに明るくなり、
夜9時くらいまで、日が射している。

9月末より寒くなり、
10月には雪が降って、
4月の雪解けまで長い冬が続く。
5月が春で、6月~8月までの3ヶ月で、
夏と秋があっという間に過ぎ去る。

一番思い出すことは、
冬の便所の恐怖。

木の床が凍っていてよくすべる。
手すりにつかまり、すべらないように、
慎重に、慎重に、大外を廻って、またぐ。

ふと下を見ると、
排泄物が、黄色いツララとなって、
穴から顔を出している。
先端は鋭利な矢のようになっている。
すべったら最後、冷や汗も出る。

盛り上っている、排泄物は、
分頭(くそかき棒)という鉄の棒で、
つついて崩す。
春の雪解けとともに、
排泄物も溶け出し、
すさまじい匂いが立ち込める。

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極寒の地で
生活した経験が、
素芳の
素地となっている。

素芳展が終わったある日、
『ロシアに行きたい』といい始める。
何事かと、詳しく聞くと、
もう一度、樺太の大地に、
立ってみたい。
懐かしい風景を見てみたい、
ということであった。

外務省などに問い合わせたが、
やはり、現在樺太に行くのは、
難しい。

樺太には、昭和14年から、
昭和22年の8年間、過ごす事になるが、
この続きは、次回のブログで・・・。

  極寒の地樺太育ち
  水墨画家 中野素芳

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